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名古屋家庭裁判所 昭和40年(少)6234号 決定

少年 I・K(昭二四・三・二二生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

押収してある登山用ナイフ一丁(昭和四〇年押第五五六号の一)はこれを没取する。

理由

少年は、小学校在学当時から拳銃に対する関心強く、拳銃の写真等を好んで模写していたが、昭和四〇年一〇月二三日前後頃から拳銃の実物を手に入れ、これを絵材にしたい欲望が募り警察官の所持する拳銃を窃取することが出来なければ予ねて自己の所持する登山用ナイフを使用し、警察官の反抗を封じてでも強取しようと思いたち、その頃母親に使用目的を秘め犯行の際使用する軍手を購入して貰い機会の到来するのを待つた末、同月○○日午後八時三〇分頃、前記登山用ナイフと軍手を携帯して肩書住所最寄りの警察官派出所に赴いたが警察官が二人勤務していたので拳銃奪取の目的を達し得ないと考え、同派出所での犯行は思いとどまつたものの、

(1)  同日午後一一時頃、名古屋市港区○○町○番地愛知県港警察署○○派出所に至り、当直警察官の姿が見当らないのに乗じ、同派出所内休憩室に侵入し、就寝中の同派出所勤務警察官○岩○○郎の脱衣等を確めたが拳銃を発見することが出来ず、やむなく同警察官警察手帳一冊を窃取し

(2)  折柄他の警察官が見廻りから帰つたのを知り、この機に同警察官の所持する拳銃を強取しようと決意し、一度び同派出所休憩室をのがれた後、あたかも地理案内を乞う風を装い、同派出所事務室を訪ね警察官○刀○和(二三歳)の隙を窺つていたが、「顔色が悪いがどうかしたのか」「手に持つているのは何か」と尋ねられたのでこの機とばかり矢庭に同警察官の胸元に登山用ナイフ(刃渡り一三・五センチ)を突きつけ、同警察官の行動を封じようとしたが、同警察官に体をかわされ足払いで倒されて取り押えられたため、同警察官の反抗を抑圧して拳銃強取の目的を遂げることが出来ずに終り、その際同警察官に対し全治三日間を要する右前胸部切創、左中指切創を負わせ、

(3)  正当の理由もないのに前同日同時頃、前同所で前記登山用ナイフ一丁を携帯したものである。

(適条)

(1)の事実につき刑法第二三五条

(2)の事実につき同法第二四〇条前段

(3)の事実につき銃砲刀剣類所持等取締法第二二条、第三二条第一項第二号

(処遇)

少年は小学生当時から漫画家を志望し余暇は専ら漫画や拳銃の写真等の摸写を事とした生活を送り、昭和三九年三月中学校卒業迄、漫画や拳銃に異常な程の関心を示していたほかはこれといつて問題行動は認められなかつた。むしろ無口で気が弱く行動が消極的であり他人とだけでなく家族とも口をきかない性癖がある少年で本件非行の如き、おおそれた事犯を惹起しようなどとは思いもよらぬ少年であるとみられていた。しかし名古屋少年鑑別所の鑑別結果通知書によれば少年は極めて自閉性が強く、空想に耽り、孤独を好み、思考内容は自己中心的で幼稚未熟であり、精神分裂病質の疑いが認められるのであつて、かかる強度の性格偏倚が拳銃に対する関心と相俟つて本件の如き重大犯罪を誘発させたものとみられ、前記の如き少年の生活関係の中に既に本件非行に至る萌芽を包蔵していたものというべきである。ところで、少年は中学卒業後直ちに○○ラジエター株式会社に就職したものの前記の如き性格から同職場に安定出来ず約一〇日間で同社を退職し、以来本件非行迄家に閉じ籠つて漫画の摸写にあけくれていたものであるが、両親は少年の前記の如き性癖上やむを得ないとして少年を全く放任していたものであり、又これからの少年の保護監督についてもこれといつた具体的方策がなく、少年の強度の性格的負因に徴しその保護能力に期待することができない。そうだとすると少年に本件非行の重大性を覚醒させると共にその性格的負因の抜本的な矯正は期待し得ないとしても集団生活の場における生活訓練を通じ社会に適応した思考並びに生活習慣を身につけさせるのが少年の健全な育成を期し本件の如き重大な非行の再発を予防する上からも必要と認められる。

よつて少年を中等少年院に収容して矯正教育を施す必要があると認め、少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条を、押収物の没取につき少年法第二四条の二第一項第一号第二項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 松島茂敏)

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